性別適合手術の健康保険適用について

2018年11月30日

2018年(平成30年)4月1日に平成30年度診療報酬改定が施行され、性別適合手術や乳房切除など性同一性障害の手術療法に対する健康保険の適用が開始されています。
性同一性障害に対する治療は、それまで精神療法のみが健康保険の対象で、その後のホルモン療法や手術療法に対しては対象外でした。そのため手術には100万円以上の費用を必要とし、これが治療を円滑に進める上での大きな障壁となっていました。
これを解消すべく、私たちは15年以上前から健康保険の適用とするよう国に訴え続けてきていたわけですが、実現してきませんでした。
今回手術療法に対する健康保険の適用が行われることになったことは、私たちの活動の大きな成果と言えます。また、ご尽力いただきました議員のみなさん、厚生労働省官僚の方々、医療・学会他関係者のみなさまには深く感謝申し上げます。
ここでもう一度、この保険適用について整理しておきたいと思います。

適用範囲

まず、適用される性同一性障害に関する手術は、以下のようなものです。「性別適合手術」というような新しいカテゴリーを設ける形式ではなく、既存の術式に対する適用範囲を性同一性障害の治療に広げる形での実現となっています。

K475 乳房切除術
K818 尿道形成手術の「1」前部尿道
K819 尿道下裂形成手術
K819-2 陰茎形成術
K825 陰茎全摘術
K830 精巣摘出術
K851 会陰形成手術の「1」筋層に及ばないもの
K859 造膣術、膣閉鎖症術の「2」遊離植皮によるもの
K859 造膣術、膣閉鎖症術の「4」腸管形成によるもの
K859 造膣術、膣閉鎖症術の「5」筋皮弁移植によるもの
K877 子宮全摘術
K877-2 腔鏡下膣式子宮全摘術
K888 子宮附属器腫瘍摘出術(両側)の「1」開腹によるもの
K888 子宮附属器腫瘍摘出術(両側)の「2」腹腔鏡によるもの

これにより、乳房切除術および性別適合手術と呼ばれるものについては健康保険が適用され、3割負担で手術が受けられることになりました。
ただし、脱毛や豊胸、顔の女性化形成(FFS)などは適用範囲に入っていません。

高額療養費制度と適用限度額認定書

健康保険適用になると「高額療養費」の対象となります。これは、同一月(1日から月末まで)にかかった医療費の自己負担額が高額になった場合、一定の金額(自己負担限度額)を超えた分が、後で払い戻される制度です。
自己負担限度額は、加入している保険組合や標準報酬月額・所得金額によって変わってきますが、概ね8~16万円程度になります。
なお、高額療養費の適用を受けるには通常審査に3ヶ月程度かかりますが、事前に「適用限度額認定書」を取得しておけば、窓口で提示することで支払額が自己負担限度額までとなります。これから手術を受けられる方は、事前に「適用限度額認定書」を取得しておかれることをお勧めします。いずれも詳しくは、加入の保険組合にお問い合わせください。

制限事項

ところで、今回の健康保険適用には、認定施設に限る、ホルモン療法との混合診療の問題などの制限事項があり、手放しでは喜べない状況となっています。
厚生労働省よりこの件について書かれた文章を入手していますので、公開しておきます。
性別適合手術の保険適用について

認定施設基準

まず、全国どこの医療機関で手術を受けても保険適用になるのかというとそうではなく、一定の施設基準を満たした医療機関に限定されます。
その施設基準は、以下になります。

(1) 形成外科、泌尿器科又は産婦人科を標榜する病床を有する病院であること。
(2) 当該保険医療機関に関連学会が認定する常勤又は非常勤の医師が1名以上配置されていること。
(3) 当該保険医療機関において、医科点数表第2章第10部手術の通則4 (性同一性障害の患者に対して行うものに限る。)に掲げる手術を合わせて20例以上実施していること。ただし、当該保険医療機関において、形成外科、泌尿器科又は産婦人科について5年以上の経験を有し当該手術を合わせて20例以上実施した経験を有する関連学会が認定する常勤の医師が1名以上配置されている場合は、この限りではない。
(4) 関連学会のガイドラインを遵守していること。
(5) 当該手術を実施する患者について、関連学会と連携の上、手術適応等の治療方針の決定及び術後の管理等を行っていること。

施設が「病院」に限定されたことにより、診療所(いわゆるクリニックなど)は対象から外れることになります。
病院とは法律用語です。ベッド数が20床以上で医師や看護師の数にも基準があります。
これは元々日本精神神経学会が定めたガイドラインに「手術を行う場合は入院可能な施設を有していること」という規定が有り、それを踏まえたものになっています。
もちろん診療所の一部には入院可能な施設もあり、これについては最後まで調整が続いていましたが、最終的には初めての保険適用ということもあり安心・安全を優先するということになったようです。
ただし、認定医は常勤でなくても良いことになりました。これによって大学の医師が非常勤で行っているような提携病院でも認定基準を満たすことになります。

この規定により、2018年11月現在、認定医療機関は、岡山大学病院、光生病院、山梨大学医学部附属病院、名古屋大学医学部附属病院、札幌医科大学附属病院、沖縄県立中部病院の6施設に留まっています。GID学会が 認定施設 を公開していますので、ご参照ください。
とはいえ、光生病院は岡山大学病院の関連施設ですし、名古屋大学医学部附属病院は本格稼働はこれからという状況のようですので、実質は4施設というところです。

この数は確かに現状ではこの数は非常に少ないと言えます。特に人口の多い関東圏や関西圏に1施設も無いのには困ったものです。ですが、元々入院設備のないクリニックでの手術は学会でも危険視されており、そのためガイドラインが改訂された経緯もあります。
医療保険の性質上、安心・安全な医療を担保するという意味では当然とも言えるでしょうし、逆にこれによって危険な手術を行っている医療機関が淘汰されるのは、当事者にとってメリットが大きいとも言えます。
もちろん上記の他にも認定に向け準備している医療機関もありますし、逆に保険適用になれば開始したいという大学病院もいくつかあるようです。今後、充実していくことを期待しましょう。

ホルモン療法との混合診療

さて、もう一つの問題は、ホルモン療法との併用の件です。先の厚生労働省の文章では、以下の様に記載されています。

○性同一性障害に対するホルモン製剤については、薬事承認上、当該疾病に対する効能効果を有するものは存在しないため、ホルモン製剤の投与に関する保険診療上の取扱いは従前の通り。
○当該疾病に対して、性別適合手術とホルモン製剤の投与を一連の治療において実施する場合は、原則、混合診療となる。

最初の○では、性同一性障害のホルモン療法は健康保険の対象ではありませんよ。と述べています。これは、今までもそうでしたから仕方がありません。
次は性別適合手術とホルモン療法を一連の治療において実施する場合は、混合診療になると述べています。どういうことでしょうか?
混合診療とは「一連の治療において保険診療と自由診療を組み合わせること」とされています。
(参考)厚生労働省 保険診療と保険外診療の併用について
ここで問題なのは「保険診療と保険外診療の併用は原則として禁止しており、全体について、自由診療として整理される」という点です。つまり、性別適合手術が健康保険の対象となっても、ホルモン療法が健康保険の対象外(=自由診療)であるので、一連の治療であれば両方とも自由診療となり健康保険の対象外となるということになります。
早い話が、ホルモン療法をやっていれば、性別適合手術は健康保険適用にならないということです。

そんなバカな!と思われるでしょう。実質、手術を望む人は、ほぼその前にホルモン療法を行っていますし、ガイドライン上もアラカルト形式になっているとはいえ、まずはホルモン療法を行うことを定めています。
これではほとんど全ての人が健康保険を用いて手術を受けることができません。せっかく手術療法が保険適用になったのに、意味がないことになってしまいます。
実際この1年で健康保険で手術を行った人は、ごくわずかに留まっています。

回避する方法はあるのか

この話が当事者に伝わったとき、いろいろな回避方法が考えられました。保険適用にならないのは一連の治療においてということなのだから、一連で無ければ良いのだろうと。
例えば、手術を受ける医療機関とホルモン療法法を受ける医療機関が違っていればいいとか、手術前にホルモン療法を一定期間やめていればいいとか、ホルモン剤を海外などから自己調達すればいいとか、ホルモン治療はやっていませんとウソつけばいいとかです。
残念ながらいずれの方法もダメでしょう。
他の疾患においては、医療機関が異なればその患者がそれを告知しない限りわかりませんし、自由診療の場合診療報酬請求は行われませんから、健康保険の審査支払機関も実態を把握できません。そのため、実際には混合診療が行われても、それが黙認される状況になってはいます。
しかし、性同一性障害の場合は手術の前には判定会議があり、それまでの治療歴が詳細に検討されます。ホルモン療法を隠すことはできません。結果、医療機関としては混合診療になることを把握することになります。となれば、リスクを冒して保険診療にすることはできないでしょう。ましてや厚生労働省から先にホルモン療法との混合診療はNGですよと釘をさされてしまっています。
GID(性同一性障害)学会でも「性同一性障害診療における手術療法への保険適用」について という声明を発表しており、ホルモン療法との混合診療を明確に否定しています。
結論として、ホルモン療法を行う前に手術が可能な乳房切除術などを除いて、回避する方法は無さそうです。

今後の展望

こうして、せっかく手術療法が健康保険適用になったものの、実はほぼ適用されないという完全に糠喜びの状態になってしまいました。本当に残念です。
しかし、要はホルモン療法が健康保険適用になれば混合診療は解消され、全ての治療が健康保険の対象となります。
私たちは、今後このホルモン療法の健康保険適用にむけ、全力をつくしてまいります。みなさん、どうかもうしばらくお待ちください。