ホルモン療法を健康保険適用するには

2019年4月10日

ホルモン療法は健康保険未適用

性同一性障害に対する治療は、精神療法、ホルモン療法、手術療法の大きく3つに分かれていますが、この内、精神療法と手術療法については健康保険の適用がなされているものの、ホルモン療法に関してはまだ認められていません。
ホルモン療法に健康保険適用を」の記事で書いているように、ホルモン療法は性同一性障害の重要な治療のひとつであり欠かすことができません。また、ホルモン療法は、始めればその後ほぼ生涯に渡って続けなければならないことからトータルの費用は高額にのぼるため、健康保険の適用が必要です。
さらに、ホルモン療法が自由診療として残っていることで混合診療という扱いになり、ホルモン治療を受けていれば手術療法も健康保険適用にならないという事態が生じてしまっています。
これでは、せっかく手術療法が健康保険適用になった意味がありません!

どうすれば健康保険適用にできるのか

さて、それではホルモン療法を健康保険適用にするためには、どうすればいいのでしょうか。
これは、従来のように単に厚生労働省に「保険適用にしてください」と要望し続けるだけでは無理で、いくつか超えなくてはならないハードルがあります。その中でも一番高いハードルは薬事承認です。
ホルモン療法にはホルモン製剤という医薬品を用います。そのため健康保険を適用するには、まずその医薬品が性同一性障害の治療に使用できるという薬事承認が必要になります。

薬事承認

薬事承認とは、ある医薬品が対象の病気・疾患に対して効果・効能があり、副作用が無い(または少ない)ことを国に認めてもらう制度のことです。
このため、薬事承認を受けていなければ、例え万病に効くガマの油があったとしても医薬品として販売することはできません。 もちろんホルモン剤は古くからある薬ですから薬事承認を受けています。しかし、薬事承認は医薬品ごとに対象の疾患が定められており、それ以外の疾患に適用することができません。
下記表は、現在薬事承認を得ているホルモン剤ですが、この効果または効能の欄に性同一性障害はありません。つまり、ホルモン剤は性同一性障害の治療薬としては使えないことを意味しています。 もちろん適応外使用と言って、医師が個々の症例毎に個別に判断することによって使用することはできます。ただしその場合は健康保険は適用されず、自由診療になってしまいます。現在行われているホルモン療法は、まさにそれに該当します。

区分 製薬会社 製品名 効能または効果
FTM あすか製薬 エナルモンデポー 男子性腺機能不全(類宦官症)、造精機能障害による男子不妊症、再生不良性貧血、骨髄線維症、腎性貧血
持田製薬 テスチノンデポー
富士製薬工業 テストロンデポー
MTF 持田製薬 ペラニンデポー 無月経、月経周期異常(稀発月経、多発月経)、月経量異常(過少月経、過多月経)、月経困難症、機能性子宮出血、子宮発育不全症、卵巣欠落症状、更年期障害、不妊症
富士製薬工業 プロギノンデポー
ファイザー プレマリン 卵巣欠落症状、卵巣機能不全症、更年期障害、腟炎(老人、小児および非特異性)、機能性子宮出血
バイエル ジュリナ 更年期障害及び卵巣欠落症状に伴う症状(血管運動神経症状(Hot flush及び発汗)、腟萎縮症状)、閉経後骨粗鬆症

※FTM用ではこの他ネビドも最近よく利用されるようになっていますが、国内ではまだ正式に販売されていません。
MTF用ホルモン剤には、貼付剤や塗布剤あるいはピルなども利用されていますが一般的ではないため省略しています。

通常、医薬品が疾患に対して効果・効能があるかどうかは治験を行って確認します。治験とは、医薬品を実際に患者に投与して、効果・効能や副作用を調べる臨床試験のことです。
この治験は第1相から3相まで3回にわたり行う必要があり、一説には億を超える莫大な費用と時間が必要であると言われています。簡単にできるものではありません。

公知申請は無理だった

実は公知申請という、外国での承認・使用実績および根拠となる資料が入手できれば、科学的根拠に基づいて公知であると認められ、臨床試験の全部または一部を新たに実施しなくても効能または効果等の承認が可能となる制度があります。当初はこれを使って薬事承認を取る予定でした。
国立国会図書館が2012年に「諸外国における性同一性障害の医療上の課題と取組」というレポートを出しています。これによれば、ホルモン療法が公的保険の対象となっている国はインド、オーストラリア、香港、チリ、ブラジル、アイスランド、アイルランド、イタリア、オランダ、スイス、スウェーデン、スペイン、スロヴァキア、スロヴェニア、デンマーク、ドイツ、ノルウェー、ハンガリー、フランス、ベルギーなど欧州を中心にかなりの国に登ります。ところが、いずれの国においてもホルモン剤を性同一性障害の治療薬として承認している例はありませんでした。 それでも公的保険の対象になっているのは、日本の制度では薬事承認が必須ですが、各国ではそうではないなど仕組みが異なるためなのでしょう。
またホルモン剤は、使用の歴史は長いので資料やデータは豊富にあるだろうと考えていました。 ところが、こちらも性同一性障害に対する承認に使えるだけの資料やデータも入手することはできませんでした。 これは、薬事承認は医薬品毎に行われるため、対象となる医薬品そのものが試験されていなければなりません。男性ホルモン剤または女性ホルモン剤と言った大きなくくりのデータはいくつかあるのですが、単独の医薬品そのものを対象とした調査や試験で、薬事承認に使えるレベルのものは見つかりませんでした。
そのため、厚労省となんとかならないか協議していましたが、3月27日に行った交渉 でも明確に否定され、どうにもならないようです。
こうした理由で公知申請は使うことができません。となれば、あとは治験を行うしかありません。

製薬会社の対応

そこでホルモン剤を製造している各医薬品会社に打診を行いましたが、残念ながらさすがに新たに治験を行ってはくれないようです。
確かにホルモン剤はすでに発売後何年も経過していますからから薬価も安い。企業にとっては健康保険適用になったとしてもそれで売上が上がるわけでもない。さらに将来にわたって保証をしていかなければならなくなるなど、リスクも出てきます。確かに高額になる治験費用を出すのは難しいのでしょう。

医師主導治験の実施検討へ

しかたがないので、今回は治験を企業に求めるのでは無く、日本精神神経学会やGID(性同一性障害)学会が中心となって医師主導治験として実施していこうという話が進んでいます。
すでに実際の審査を担当する独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA)と進め方についての会合も持たれたようです。 簡単ではありませんが、これしか方法がないのであれば、頑張っていただくしかありません。
企業の支援が見込めない以上、私たち当事者もクラウドファンディングで資金調達するなど、治験費用を一部でも負担できるよう最大限の協力を行っていかなければと思っています。
この件、また具体的になりましたらお知らせいたします。

その後の動き

(2019年12月23日追記)
現在医師主導型治験に向けて、予備試験の実施中です。これにより何をもってエンドポイント(効果の判定)とするのかなどの試験の詳細を決めていきます。
順調に進んでいるようです。

(2020年3月10日追記)
困りました。予備試験がほぼ終わり医師主導型治験は実施可能な体制ができつつありますが、最終的な医薬品の承認申請だけはさすがに製造している製薬会社が行わなければなりません。
ところが、どの製薬会社もその承認申請に協力できないと断ってきている模様です。
先に書いたようにホルモン療法が健康保険の適用になったとしても、企業としてはウェルカムではないのかもしれません。しかし、製薬会社の存在意義は、薬を通して人々を幸せにすることにあるはずです。なんとしても今後の交渉で協力をとりつけなければなりません。
進捗がありましたら、またお知らせいたします。