性同一性障害特例法から「現に未成年の子がいないこと」条文の削除を求めます

2018年7月16日

2003年(平成15年)6月に「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(以下特例法)が成立し、同年7月16日に公布され性別の取扱いの変更が可能となってから15年が経過しました。その間、2008年(平成20年)に一度改正が行われましたが、その後は検討が進んでいません。
特に性別の取扱いの変更要件を定めた第3条の中で、1項3号は成立時の「現に子がいないこと」より「現に未成年の子がいないこと」に改正されましたが、まだまだ不十分です。
私たちは、この第3条1項3号「現に未成年の子がいないこと」条文の早急な削除を求めます。

なぜこの要件ができたのか

そもそも「現に子がいないこと」という要件は何故付けられたのでしょうか。
2005年(平成17年)2月25日、衆議院予算委員会第3分科会で、今野東議員(当時)が「何故このような要件がついたのか」との質問に対し、特例法制定の中心的役割を担った南野法務大臣(当時)が以下のように答弁しています。

現に子どもがいないことの要件というのは、性別の取り扱いの変更の制度が、親子関係、さらにこれは家族秩序に混乱を生じさせ、あるいは子どもの福祉に影響を及ぼすことになりかねないことを懸念する議論に私たちは配慮しているわけであります。
それを設けられたものでありますが、すなわち、現に子どもがおられる場合にも性別の取り扱いの変更を認めるとなると、女である父ができる、男である母が生じる。これによって、これまで当然に前提とされてきた、父は男、母は女という概念が崩れてしまうのではないかな、そのように思いました。さらに、属性との間に不一致が生じるということにもなります。これを法あるいは社会で許容できるのかどうかということがもう一つ問題になってまいりますので、社会がどうそれを包含してくれるかという課題にもなると思います。 また、現に子どもがおられるという場合にも性別の取り扱いの変更というものを認めるようになれば、親子関係に影響を及ぼす、さらにまた子どものいじめということにも私は配慮をいたしております。
即ち、社会への影響ということと、親が性別変更を行えば子どもにその影響が出るということを問題点として上げています。しかし本当にそうでしょうか。

親が性別変更しても子どもに影響はない

まず「社会生活の性別移行」と「戸籍の性別変更」を混同した大きな誤解があります。

確かに、親が性別を変えるのを目の当たりにすれば、子どもが混乱を起こすことは充分考えられます。しかしながら、それは男→女または女→男という社会生活上の性別を変えることによって起こる混乱であり、戸籍の性別を変更したために起こる混乱では無いのです。
「昨日までお父さんだった人が、今日から急にお母さんになる」「昨日までお母さんだった人が、今日から突然お父さんになる」わけではありません。
性別を移行するには、カウンセリングから始めてホルモン療法、性別適合手術とそれなりの時間がかかります。これに伴って社会生活も徐々に移行していきます。子どもと同居している場合は、その間にも家族と向き合い、新しい関係を構築していくことになります。そして性別役割を変え、実態として新しく「お父さん」「お母さん」に変わっていくのです。そうなれば、そこにはもう混乱は存在しません。
逆に、性の移行が子どもにとって混乱をもたらすから認めないというのであれば、性別移行そのものを禁止しなければならないということになってしまいます。

更に、本来親が子どもに対して求められているのは監護・養育する義務であって、それ以上ではありません。例えば両親の離婚は子どもに対する影響という意味では大きなものがありますが、だからと言って離婚が禁止されることにはなりません。
子どもの幸せは当然大事ですが、親の幸せも大事です。逆に、親が幸せでなくて、どうして子どもが幸せになれるのでしょうか。

社会の混乱は、性別変更していない方が起きる

通常、外見上男性であれば父と認識され、外見上女性であれば母であると認識されます。しかし実際は父だと思われた人物が戸籍上女性、母だと思われた人物が戸籍上男性となっているわけです。これこそ父=男、母=女であるという社会常識に反し、混乱を引き起こすことになります。
つまり、社会生活上の実態と戸籍の性別が異なっていることによって、子どもはそのことを理由に嘲笑されたりいじめに合う可能性があるということなのです。
これこそが子の福祉に反し、また社会が混乱する状態であると言わざるを得ません。

性別変更できないことで受ける不利益

戸籍の性別と実態が異なることによって、当事者は様々な社会生活上の困難を受けることがあります。例えば就業でも、希望の職業につけずアルバイトや契約社員など不安定な生活を強いらることが起こります。
親の精神状態や生活が安定していなければ、子どもを健全に育てるには困難が伴います。このように戸籍の性別と実生活上の性別が一致していることは、家庭にとって欠かせない要素なのです。
また、現に未成年の子がいないという、現在の自分ではどうにもならないことによって戸籍の性別変更を認めないと言うことは、性同一性障害であることの苦しみを持続させるということに他なりません。これは、憲法13 条でいう「幸福の追求権」や、25 条の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」にも反していると言えるでしょう。

子どもを持つことができたのに性同一性障害なの?

子どもを持つ性同一性障害の当事者がいるということに対して、性同一性障害は性別に対する違和感であり性器に対する違和感も大きいはずだから、異性と交際して子どもを作ることができたということが理解できないという声を聞くことがあります。しかし、これも誤解や偏見に基づいていると言わざる得ません。

人によって違いはありますが、当事者といえども小さい頃から性別違和があっても、まずはそれを隠し、出生時に割り当てられた戸籍上の性別で生きようと努力します。その結果、自分のことを理解し受け入れてくれる人に巡り会うことができれば結婚という選択肢もあり得るでしょう。あるいは、結婚して子どもができれば、性別違和感を解消できると期待するかもしれません。
しかし、コップに水が少しづつ溜まっていけばいつかは溢れてしまうように限界を超え、それ以上努力することが難しくなってしまいます。
このように、結婚をし子どもを持つ当事者は、意思の力でなんとか生まれたときに割り当てられてしまった性別で生きようと努力をし、ここまでなんとか持ちこたえた人であるに過ぎません。性同一性障害の当事者に子どもがいることは、なんら不思議なことではないのです。

諸外国では

ILGAというNGOが、Trans Legal Mapping Report という報告書を出しています。この報告書では世界111ヵ国と13の地域の性別変更に関連する法令等を調査していますが、性別変更を可能としている国で、法律によって子どもの有無やその年齢を要件としている国は日本以外にはありません。
更に過去の国際会議や学会でも、親の性別変更によってその子どもが悪い影響を受けたと言う事例は1例も報告されていません。
国が違っても、親が子を思う気持ち、子が親を思う気持ちは同じはずです。

15年前の約束

実は15年前、特例法の審議がちょうど始まる時、この「現に子がいないこと」という要件の賛否を巡り当事者は2つに割れていました。お子さんをお持ちの当事者の方が、この法案に反対の立場を取ったからです。それはそうでしょう。自分たちは排除された訳ですから。
しかし反対の声が大きくなるにつれ、特例法の成立自体が危ぶまれる事態も想定できました。そこで、国会議員や当事者の間で協議がもたれ、
 1.特例法の附則に見直し条項を入れる。
 2.この条文の削除にむけ、今後特例法改正の努力をしていくこと。
が約束され、反対を取り下げてもらった経緯があります。
しかし、未だ改正できていません。
ですので特例法からこの条文を削除することは、15年前からの約束なのです。私たちは、その約束を果たす義務を負っています。

特例法改正の実現を

子のことを思わない親はいませんし、親の幸せを願わない子どもはいないと言っても過言ではありません。当事者はもちろんですが、子どものため、家族のためにも戸籍の性別変更は必要です。
私たちは、性同一性障害特例法から「現に未成年の子がいないこと」条文を削除することを強く求めます。