履歴書に性別欄は不要です
就職する際には、多くの場合履歴書や求職申込書が必要です。
そして、これらの履歴書や求職申込書にはいずれも性別欄が存在しています。
これにより性同一性障害や強い性別違和を持つ当事者にとって、就職は簡単ではなくなっています。
まず、当事者は、戸籍の性別の取扱いの変更を行っていない限り、自分が自認する性別と戸籍上の性別が異なっているわけですから、どちらの性別を記載すればいいのかという葛藤が生まれます。当事者にとって性自認と異なる性別を記載することは苦痛であり、精神的な大きな負担が生じます。
また、戸籍上の性別に従って記載するならば、すでにホルモン療法や手術療法等で身体の状態が変化している場合、容姿と履歴書に記載された性別にギャップが生じます。このような履歴書を提出すると、面接で不当な扱いを受けたり、書類だけで落とさる可能性があります。
しかし、性自認や現在の容姿に従った性別を記載すると、採用された後に社会保険の手続き等で戸籍上の性別が発覚し、不実記載を理由として採用無効や解雇される可能性も否定できません。
実際、過去には内定取消事件も起きていますし、最悪の場合「有印私文書偽造罪」に問われる可能性すらありえます。
このため、正社員として働くことをあきらめ、社会保険のないアルバイトや短期派遣などに甘んじる人もいます。それが故に、高額に上る医療を充分に受ける機会を失うことにもなってしまいます。
履歴書の種類
まず日本において、履歴書は次のような様式が定められています。
このように、いずれの履歴書にも性別欄があることがわかります。また、ハローワークにおける求職申込書にも性別欄があります。
現在ではさすがに申込書自体が男女で分かれているというようなことはありませんが、性別欄はあいかわらず存在しています。これについて厚生労働省では、書きたくなければ未記入でもかまわないという説明をしています。
さらに近年ではパソコンやスマートフォンを用いて求職申込できるようになっています。ここでは男女の他に「入力しない」という選択肢も設けられています。
しかし、未記入や「入力しない」という選択をすれば、何故未記入であるのかという説明をしなければならなくなります。求人先に、どういう理由で未記入なのか勘ぐられるでしょうし、未記入を選択することによる不利益も想定されます。これでは効果的な方法とはいえません。
性別をめぐる規定
さて、日本においては法律や指針などにより、雇用や社会参画について性別に関する様々な規定が存在します。
まず、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(男女雇用機会均等法) により一部の除外規定を除いて男女別の求人は禁止されており、そのような募集を行うことはできません。
(募集及び採用) 第五条 事業主は、労働者の募集及び採用について、女性に対して男性と均等な機会を与えなければならない。
また、男女共同参画社会基本法 においても
(男女の人権の尊重)と定めています。このように、すべての人は性別により差別されることなく、等しく機会を与えられなければなりません。
第三条 男女共同参画社会の形成は、男女の個人としての尊厳が重んぜられること、男女が性別による差別的取扱いを受けないこと、男女が個人として能力を発揮する機会が確保されることその他の男女の人権が尊重されることを旨として、行われなければならない。
次に職業安定法 では
第五条の四 公共職業安定所、特定地方公共団体、職業紹介事業者及び求人者、労働者の募集を行う者及び募集受託者並びに労働者供給事業者及び労働者供給を受けようとする者(次項において「公共職業安定所等」という。)は、それぞれ、その業務に関し、求職者、募集に応じて労働者になろうとする者又は供給される労働者の個人情報(以下この条において「求職者等の個人情報」という。)を収集し、保管し、又は使用するに当たつては、その業務の目的の達成に必要な範囲内で求職者等の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用しなければならない。と定めています。個人情報の収集は「業務の目的の達成に必要な範囲内」でしか認められていませんから、性別という重大な個人情報を取得することは、男女別募集が許される職種以外、本来認められないはずです。
さらに、職業紹介事業者、求人者、労働者の募集を行う者、募集受託者、募集情報等提供事業を行う者、労働者供給事業者、労働者供給を受けようとする者等が均等待遇、労働条件等の明示、求職者等の個人情報の取扱い、職業紹介事業者の責務、募集内容の的確な表示、労働者の募集を行う者等の責務、労働者供給事業者の責務等に関して適切に対処するための指針 (平成11年告示第141号) により、社会的差別の原因となるおそれのある個人情報などの収集は原則として認められません。性別は、まさにこの社会的差別の原因の一つです。
派遣労働に関しても、派遣先事業主が講ずべき措置に関する指針(平成11年労働省告示第138号) において
4 性別による差別の禁止 派遣先は、派遣元事業主との間で労働者派遣契約を締結するに当たっては、当該労働者派遣契約に派遣労働者の性別を記載してはならないこと。と定めています。
そもそも厚生労働省自身が公正な採用選考の基本というホームページで
公正な採用選考を行うことは、家族状況や生活環境といった、応募者の適性・能力とは関係ない事柄で採否を決定しないということです。 そのため、応募者の適性・能力に関係のない事柄について、応募用紙に記入させたり、面接で質問することなどによって把握しないようにすることが重要です。これらの事項は採用基準としないつもりでも、把握すれば結果としてどうしても採否決定に影響を与えることになってしまい、就職差別につながるおそれがあります。と書いています。
これらが意味するところは、要は現状女性が男性と均等な機会が得られていないということです。そして、履歴書に性別欄があることは、それを見ただけで機会を失う可能性が生まれることを意味します。
このように就職差別を助長する可能性のある性別欄のある履歴書を国はなぜ放置しつづけるのでしょうか。
国の言い分
私たちは過去に厚生労働省をはじめ、経済産業省、内閣府男女共同参画担当大臣などに履歴書からの性別欄削除を訴えてきました。
これに対し、厚生労働省の回答は「モデルや警備など性別が必要とされる職種も存在する」というものでした。
しかし、このような職業はほんの一部です。多くの職業に性別は無関係です。
また採用条件に「男性のみ」あるいは「女性のみ」と書いてあったとして、それを見てあえて応募してくる異性がいるでしょうか。このためにわざわざ履歴書に性別欄を設けなければならない必然性があるとは思えません。
だから、どうしても必要であるならば名前の横の目立つスペースである必要は無く、最後の方に「男女別募集職種に応募される方のみ性別を記載してください」のような注釈付きで存在すればそれで事足りるはずです。
さらに、私たちが2017年に要望した際には経済産業省から「政府が推進している女性活躍社会やポジティブアクション等、経済界のニーズがある。」との回答もありました。女性が活躍する割合を高めるためには性別は必要という説明です。
これもおかしな話です。採用にあたっては、当然履歴書という書類だけで審査するわけは無く、試験や面接などを経て総合的に判断されるはずです。能力無関係で最初の履歴書だけで女性を優先するような採用をするのならともかく、そのような採用は通常しないでしょう。であれば、採用の過程で自ずと性別はわかっていきます。また就業後は社会保険の手続き等で性別は必ず把握されます。これらによって男女の比率を把握することは容易なはずです。
性別欄の早急な削除を
履歴書にはかつて本籍欄や家族欄が存在していました。
しかし、これらの項目は、昭和48年から平成10年にかけて順次撤廃されていきました。
これらの改定は、「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」(人種差別撤廃条約)への加入や「人権教育のための国連10年」の取組みの開始など、人権にかかわる社会の変化や国民意識の高まり等に適切に対応するため、応募者の人権に配慮するなどを踏まえて行われらと言います。アメリカなど先進諸外国では当然履歴書に男女の記載は存在しません。
このように男女別の募集が一部の職種を除いて認められていない現状では、性別は本来必要のない項目です。採用選考というのは、本来応募者の適正・能力を基準とした選考を行うものです。性別は、個人の能力に関係がありません。雇用と性別は無関係ですから、履歴書や求職申込書に記載する必要のない項目です。
そもそも求人側は男女を問えないのに、なぜ求職側から性別を申告しなければならないのでしょう。
これは、重大な個人情報の開示であり、プライバシーの侵害です。また、雇用における判断において、不必要な先入観を与えることになってしまいます。
雇用にあたって必要なのは機会の均等であり結果の均等や優先ではありません。まずは最初の入り口で差別しないことが肝要です。履歴書の性別欄だけをみて否採用とならないこと。それが大切なのです。
このように、男女雇用機会均等法の精神の元でも、男女共同参画社会の実現のためにも、女性活躍社会のためにも、そして個人情報の保護の観点からも、履歴書や求職申込書の性別欄は不要であり撤廃すべきものです。
履歴書や求職申込書からの性別欄削除は、性同一性障害や強い性別違和を持つ当事者のためだけでなく、女性を含めあらゆる方にとって有益であり必要なことなのです。各省庁ならびに日本規格協会をはじめとする関係諸機関は、早急に性別欄削除を実現するよう、要望いたします。
日本規格協会の発表
(2020年7月31日追記)
2020年7月17日、日本産業規格(JIS)原案の作成、JIS規格票の発行を行っている日本規格協会が、履歴書について性別欄があった様式例を改訂 したと発表しました。
この解説は,次の理由によって2008 年発行時に掲載した解説を改訂した。私たちが旧会である「性同一性障害をかかえる人々が普通にくらせる社会を目指す会」であった2003年9月、当時の坂口厚生労働大臣と面会して履歴書からの性別欄削除を訴えてから17年、ようやく前進がありました。
箇条4(様式例の目次)には,附属書A で示した主な帳票の様式例が記載されている。
その中の4(履歴書)には,履歴書の様式例があり,性別欄が設けられている。公務員試験,高校入試などでは性別欄をなくす動きが全国的に広がりつつある中,引き続き掲載することによって,JIS で規定されている,何らかの方向付けをしているなどの誤解を招きかねない。このことから,削除することにした。
この決定は、私たちだけでなく1万人の署名を集めたNPO法人POSSEさんの活動など、多くの方の努力が実った成果でしょう。
すでに産業界では日用品大手であるユニリーバ・ジャパン・カスタマーマーケティングが、2020年3月6日、LUX Social Damage Care Project において採用選考において履歴書から顔写真の提出と性別の記入を不要にすると発表しており、一歩先を歩み始めています。
ただ今回の日本規格協会の発表は様式例からの削除だけです。実際には製造しているコクヨなどのメーカーから本当に削除された履歴書が発売されるかが今後の焦点になります。
また、中学・高校の応募用紙やハローワークの求職申込書もこれからです。
履歴書や求職申込書から性別欄が無くなるまで、今後もこの問題をフォローしてまいります。
(2020年8月22日追記)
2020年8月22日、コクヨが性別欄のない履歴書の発売を検討していることが新聞紙上で明らかになりました。まだ具体的な製品を見ていないのでなんともいえませんが、これでJIS履歴書に関してはほぼ解決といえるでしょうか。
残るは中学、高校の統一応募用紙とハローワークの求職申込書です。JISは経済産業省の管轄だったのですが、こちらは文科省と厚生労働省の管轄です。同時にといかないのはいつものことですが、なんとか進んでほしいものです。